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ayu-me:

ホットペッパーに例の仏像スタンプ載ってた!
ますます欲しい。
でもはにわソックスもめちゃ気になる。

(via junsakura)

Source: ayu-me
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"俺の妻は病気になった。
仕事での問題、私生活、子供達との問題や失敗などに絶えず神経質になっていた。
13.6キロも痩せ、35歳だというのに体重は40キロ程に。
凄く痩せ、絶えず泣いていた。幸せな女性とはいえなかった。
絶え間ない頭痛、胸の痛み、ぎゅう詰めで神経過敏な背中と肋骨に苦しんでいた。
ゆっくり眠ることも出来ず、朝になってやっと眠りに着き、日中は直ぐに疲れてしまった。僕達の関係も崩壊寸前だった。
 
彼女の美しさは彼女を置いてどこかに行ってしまったようで、目の下にはクマができ、頭をこづいたりし、彼女は自分のことを大切にしなくなった。
映画の撮影、全ての役を断るようになった。僕は希望を失い、すぐに別れることになるだろうと思った。
 
しかし、そのとき僕は何とかすると決意した。
 
だって、世界で一番美しい女性を僕は得たんだ。彼女は世界の半分以上の男性と女性のアイドルで、そして彼女の横で眠りに着いたり彼女の肩を抱き寄せたり出来ることが許されているのは僕なんだと。
 
僕は花やキスや褒め言葉を送りはじめた。
ことあるごとに彼女を驚かせ喜ばせた。
僕は彼女に多くのギフトを送り、彼女のためだけに生きた。
人前では彼女のことだけを話した。
全ての主題を彼女のほうに向けた。
彼女の友達の前では彼女のことを褒めた。
 
信じられないかもしれないけど、彼女は輝き始め、以前よりも更に良くなった。
体重も増え、神経質になることも無くなり、以前よりも増して僕のことを愛するようなった。彼女がこんなに愛せるとは僕は知らなかった。
 
そして僕は一つ理解した。
 
「女は愛する男の姿鏡なのだと」
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師匠はプログラマに向く性格をこういっていました。

“性格が悪いやつ

会議の場などで、その場を丸く収める安易な結論を求めたがることへの戒めであり、課題や問題を見つけ出して嫌われるぐらいがちょうどよいということです。

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Source: web-tan.forum.impressrd.jp
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非エンジニアは、割と気軽に「これできる?」と聞いて、エンジニアがうっかり「できる」と答えてしまうと、もうそれは期日までに実装されるのだと思い込んでしまいがちです。

その先に待ち構えているのは、滝壺であり、地獄です。

だから、エンジニアのみなさま、もし非エンジニアから「できる?」と聞かれたら、可能なときには、例えばこんな風に答えてみてください。

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Source: hrnabi.com
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というところで、「人類は二十世紀になって〝なに〟を発明したのだろうか?」である。

二十世紀になって発明されたものはいくつもあると思うかもしれないが、どっこい、二十世紀になって発明されたものは、そんなにもない。飛行機とラジオとテレビと原子爆弾ぐらいで、あらかたのものがもう十九世紀に発明され、想像され、完成してしまっているのである。

一八八六年――この年にコカコーラは発売されるのだが、アメリカの国勢調査局に勤めていたハーマン・ホレリスは、データ処理の仕事を効率的にするため、「情報が記録されているカードに穴を開ける」ということをした。そのカードを電動式の機械にかけるのである。つまり、パンチカードシステムによるコンピューターの誕生である。

この世界最初のコンピューターが誕生した年は、エジソンが白熱電球を完成させた一八七九年のたった七年後で、しかも驚くべきことに、電気が一般家庭に送電されるようになったのは一八八五年なのだ。電気生活の始まりとコンピューターの最初は一年しか違わなくて、最初のコカコーラと最初のコンピューターは、同年の十九世紀生まれなのだ。

リュミエール兄弟が世界初の映画を上映したのは一八九五年。世界初のラジオ放送は一九一六年だが、エジソンは、その三十三年前の一八八三年にラジオ用真空管の特許を取っている。発明王エジソンの主な発明は十九世紀に集中していて、二十世紀のエジソンはたいしたことをしていない。天気予報は一八六一年に始まり、卓上扇風機は一八八二年に作られ、「原子には核があって電子がそのまわりを回っている」ということは、一八九七年に確認されている。

一八五一年にはドーヴァー海峡の海底に電信ケーブルが埋められ、ロイター通信社も創設されているのだが、この世界に情報を送るロイター通信社は、海底ケーブルと一緒に「伝書鳩」も使う。それが商業通信用に使われた伝書鳩の最初だが、必要なら海底電線も伝書鳩も一緒に登場させるというのが、いたって実用的な十九世紀である。

十九世紀は、とんでもなくいろんなものが空想され、必要とされ、利用され、その結果、様々な発明発見がなされた時代なのだが、この十九世紀の目覚ましさに比べれば、二十世紀はろくな発明発見をしていない。

現代生活の基礎となるもののほとんどは、十九世紀に登場する。二十世紀のしたことは、この前世紀の成果を利用して、ただ普及させるだけだった――その典型が、十九世紀の末に完成され二十世紀に大量生産される、自動車なのである。

二十世紀は、「普及の時代」だった。つまり、「自分ではなんにも発明しないで他人の発明品を改良して売るだけの猿マネ日本人」には、とても似つかわしい時代だったということである。

一九七〇年代、日本車はアメリカを征服した。しかし、そのアメリカだって、ヨーロッパ由来の発明品・自動車を大量に生産しただけだった。二十世紀は、とても日本的な世紀だったということである。

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Source: copyoffice
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carudamon119:

メーテル ‏@_maeter  

あ…ありのまま今起こった事を話すわ鉄郎… 『ホームで999を待っていたら、ヤマトが来た。』 な…何を言っているのかわからないと思うけど、今にわかるわ、今に… RT @kusukusu0525: ヤマト急便さんが素敵♥️(σ≧∀≦)σ 

pic.twitter.com/eJ5rL1SSkJ

(via junsakura)

Source: carudamon119
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gimmieabike:

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鎌倉市当局は中世の都市としての「物的証拠が不十分」と指摘されたことを認め、私にこう説明した。人類の遺産として保護する価値があると世界に認めてほしいのは、鎌倉を取り囲む山々とその麓に点在する寺院や遺跡だ。そこに日本独自のサムライ文化があると自分たちは考えているが、イコモスにはその意図が十分伝わらず、「武家の古都」とする根拠が不十分だと判断された、と。

 黒岩知事は今回の勧告に「目の前が真っ暗になるような衝撃を受けた」と語った。こんな妥当な判断に衝撃を受けているようでは、知事の体が心配になる。そもそも県の誇る珠玉・鎌倉がじわじわ破壊されていることに気付かなかったとしたら、あまりに無自覚だ。

 シャネル日本法人の社長で作家でもあるリシャール・コラスは長年鎌倉で暮らし、この古都をこよなく愛しているが、あえてこう苦言を呈する。

「鎌倉の素晴らしい日本家屋の多くがこの10年ほどで姿を消した。良くてもあと30年で完全に失われるだろう。醜悪な近代的建築物の中に埋もれる大仏とわずかの寺社以外には、日本の古都の面影は消し去られ、鎌倉はディズニーランドのような作り物の観光地になる。だから、ユネスコは鎌倉の世界文化遺産登録にノーを突き付けたのだ」

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Source: futureisfailed